クモイト・クライマー.com

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クモイト・クライマー

冴えない三十路が蜘蛛の糸を昇る過程を綴る 。そして、たまに足を運んだ神社を語る。

2017 春風駘蕩

新年あけましておめでとうございます

f:id:kiclimber:20170106212818j:plain

 

 新年のあいさつが遅くなりました。

  

去年? いや、一昨年か。

2016年を迎えようとする記念すべき瞬間、あろうことか俺は発熱。

テレビを見る奥方の横で、静かに寝入ることしかできなかった。

それでも翌日元旦は病体に鞭売って朝から浅草に繰り出したが、

あまりの参拝客の多さに、御朱印も思うようにゲットならず…

 

そこで、この無念を晴らさんとばかりに今年は暴発。

普段なかなか足を運ぶ機会のない富士山周辺の神社を、

嫌がる奥方を引き連れて参拝。そして御朱印を拝受。

奥方には悪かったけど、充実した正月になりました。

 

さて、今年はどのような年にしたいか。

新年の抱負をここで四文字で表すのならば、

 

春風駘蕩

 

シュンプウタイトウ、と読むらしいです。

辞書で調べると、「春風がのどかに吹くさま」だとか、

「物事に動じないで余裕のあるさま」とあるね。

 

近年とりわけ昨年を振り返り、俺に欠けていた境地といえる。

公私共に忙しかったこともあり、とにかく余裕に欠けていた。

性急な性格なうえに無理をすることが多いためか、体調を崩すことが増えた。

それゆえ、奥方に勧められて風呂に行って長く湯に浸かるようになった。

銭湯や温泉を避けていたのだが、湯に浸かって目を閉じなければ、

心身の疲労が取り除けないような状態にまで追い込まれてしまった。

すなわち疲れた。春風に吹かれてのんびりするような時間が欲しい。

 

余裕を失えば、冷静さを失う。そして感情的になる。

ゆえに、特に職場の人間には煙たがられていたと思う。

だけど、職場の人間に振り回されていたことは否めないんだよな。

最初は仲間だと思って一緒に仕事に励んでいたはずなんだけど、

その仲間も気がつけば俺を追い込む敵にしか見えなくなっていた。

 

寂しいねえ。

だけど、夢中で仕事をしていれば、いずれはこうした「壁」にぶち当たる。

でも、この「夢中」がマイナスに働くことが多いような気がした。

というわけで、職場の人間というか、仕事それ自体を割り切るというか、

ほどよい距離を置いて付き合っていかなければ己が潰れると実感した。

仲間が数人存在して、残りの人間は敵でも何でもない。それでいいんだよな。

寂しい気がするけど、心に春風を吹かすためには工夫や割り切りが必要だ。

「物事に動じないで余裕のある」状態を目指すのならば、まず物事から離れる。

フザけているようだけど、のらりくらりと生きなきゃね。

 

しかし、心に春風を吹かしてばかりいても退屈なので、目標も持ちたい。

でもそれは他人には容易に明かさないぜ。目標や野心こそ隠さなきゃ。

そんなわけで、つべこべ能書きたれていますが、コトヨロ。

好い年になるよう努力します。